復興の始まりはやちむん・なは
沖縄の玄関口である那覇市は、首里城や国際通りを代表とする観光地が多くあります。平日朝にはゆいレールも路線バスも非常に混み合い、自家用車も多く道路にあふれ、慢性的な渋滞が発生します。国際通りから南に行った場所にある壼屋は米軍統治下であった那覇ではじめて戻ることができた場所です。壼屋は焼物(やちむん)の街で、一部の工房は読谷村に移転したものの、いまも工房や陶芸品を販売する店が並んでいます。
撮影日:2024-11-6
暫定・日本最西端の異形矢印標識
特徴的な外観が目を引く那覇市役所の前に佇む古い異形矢印。こっちも特徴的な形をしています。矢印が融合したような独特な形状をしており、デザインした人のこだわりを感じます。
沖縄で大きく交通規制が変更された730の時に設置されたのかも、と思うほどに古い標識です。残念ながら設置年は不明でした。
割と最近に向きが調整されたそうで、今までは高速道路入口のシーサーと一緒に撮影できたようですが、残念ながらかなわず。沖縄旅行で最後に撮影した異形矢印でした。撮影時点では県内に8つ(豊見城から読谷までの範囲)しか異形矢印は見つかっておらず、その8つは一日で巡ることができました。
姉妹都市の異形矢印標識
関連する自治体にある異形矢印標識
中頭郡読谷村*壺屋焼生産地
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